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能登地震穴水町駅前 |

能登半島地震直後の写真です。
この二日後に、この家屋の解体作業が始まりました。

家全体が左に傾いています。
この家のあったところは道路の拡張工事で今は道路になっています。

地震の次の日の写真です。
右の建物は幸寿しが入居していたビルです。
真っ正面の寿司店さんの店も全壊です。
今も、この町内で場所を変えて商売をされています。
隣の美容室も町内は変わりましたけど元気で美容院を再開されています。

このビルの方は、能登半島地震の時に3階いたと言っていました。
後で話したのですけど凄い揺れだったそうです。
暫く3階へ暮らさず近くのお母さんの家で寝泊りをされていました。
前から1階で魚屋さんをしていました。
穴水町の新鮮な刺身を売っている有名な店なんですよ。
今は魚屋さんを再開しています。
幸寿しの隣の家です。
左右の家の屋根がくっついています。
左の家は全壊です。
大きな屋敷で今は綺麗な花が咲き、奥の方に畑をされています。
丁度心が和む空間のようです。

隣の寿司店さんの屋根の上にあった物が地震の揺れで、この建物に直撃です。
この居酒屋さんは今も、この場所で仕事をされています。
今は違う場所で家を新築されて元気にされています。
この家の解体が終わってから、この場所でテントをはって上出町内の連絡場所にされました。
この家のご主人が中心になって皆を引っ張ってくださいました。
家が右の方に傾いています。
解体は左の方の家から順番にしていましたから、余震でつぶれない様に右から柱で支えています。
この家は貸家で能登半島地震の次の日に新築した家に引っ越す予定の様でした。
少しの人間で荷物を出すのは危険ですから皆で荷物を出す手伝いをしました。
余震が来ないのを祈りながらの作業でした。
2階の窓をはずして窓から大きい荷物は殆ど出した記憶があります。

地震直後はビルの外壁が落ちて散乱していましたけど今はキレイになっています。
この通りの両サイドの民家、店舗が殆ど全壊でした。
この日ぐらいから、あっちこっちで家、土蔵の解体作業が始まりました。
町中の土蔵は殆どやられたと思います。
土壁の土蔵で火事には強いけど揺れには弱いのだそうです。

解体が始まりました。
解体の直前まで大事な物を運び出してからの解体作業でした。
家の中に入ると調理場の大きな冷蔵庫が大きく曲がって家を支えている様な状態でした。

地震の専門家の偉い先生方に聞いたんですけど、この辺りは地盤も非常に弱いけど
古い家が多く、特に古い家は、家の横や後ろに注ぎ足しして部屋を作ったのも全壊した
原因だとおしゃっていました。
家が傾いていて側面を重機で支えての作業でした。
隣の家との間が狭いもんですから、畳や布団などを隣の家にかけて、隣の家が傷つかない様に最善の注意をはらった解体でした。

中ほどに見えるコンクリートの部屋があります。
これがたて横に、しつこいくらい鉄筋が入っていて時間がかかった解体でした。

これが、さっき書いた鉄筋です。
これが建物の横から縦に沢山あって中々作業が進みませんでした。
一つ一つ鉄筋をガスで切っての作業です。

鉄筋を切り終わって残こっている最後の建物です。
解体が終わり家の基礎のコンクリートを取り除いたら、このあたり一帯地面から水が
湧き出ていてクシャクシャでした。
液状化現象なのかはわかりません。
この辺りの家は殆ど基礎にコンクリートが敷き詰められていました。
昔から地盤が弱い事を先人の方々は分かっていたんでしょうね。
この家は、今の幸寿しのある場所の後ろ側にあります。
今は新築されて暮らしておられます。
平屋の素敵なお住まいです。
前の写真のお宅の解体さぎょうです。
後ろも前も間口が狭く重機を入れるのに苦労があった様です。
そこは腕です。
重機の方は、仕事が物凄く丁寧できれいで上手い。
この土蔵は穴水町駅前で長年旅館をされていた方の土蔵です。
旅館の方も全壊です。
県内外からの多くのファンがいた名旅館でした。
惜しまれつつの廃業でした。
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