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カテゴリー: 幸寿し日記|2010年3月11日
50年ぶりの再会
能登町の三郷に行ってきました。
珠洲道路を使って行ったのですけど3月に入っての大雪です。
途中まで行って海岸回りに行かなかったのを悔みました。
スリップ2回。
走っとる途中にワイパーが止まって大慌てです。
雪が猛烈に吹きつけとる最中に前が見えなくなるんですから慌てます。
車は何台も後ろに付いてきていますから、それにも対応をせんと駄目やし。
何とか1時間かかってやっと三郷に辿り着きました。
私の生まれ故郷の藤波の在所の方が亡くなられたとの連絡を頂いて
お通夜に三郷に行ってきました。
なくなられた方とは親せき筋にあたり、私の小さい時に背中におんぶをして
私の子守りをして頂いたかたです。
この方のお母さんにも大変可愛がられました。
これは記憶にはっきりと覚えています。
悪ガキでしたから毎日、父は私の顔を見るなり怒鳴り散らしていました。
ある時、火箸で私を殴ろうとした父に、この子を叩きんたら私を叩けと
私の父に言ってかばってくれた方です。
その後、直ぐに自分の家に連れて行き泊らせて貰った記憶があります。
本当に沢山可愛がられた記憶が残っています。
亡くなられた方の下に妹さんがいました。
私が6歳くらいまで一緒に遊んでくれた方です。
これも記憶が残っています。
名前も覚えています。
でも50年の年月がたっています。
元気なら親族の中に座っているはずだと目を凝らして見ていました。
一人かすかに昔の顔と重なる方がいました。
通夜が終わってから親族方の席の方へ行き・・・さんですか?
と聞きますとハイと言って私を不思議そうに見ています。
公生です。まだピンときていない様子です。
甚吉(やごう)の公生です。と言うと気が付いてくれました。
私の手をギュット握り締めます。
穴水からわざわざ来てくれて有難う。
地震でやられたがによう頑張った。と言ってくれました。
聞きますと石川県の白山市に暮らしているとの事です。
テレビ、新聞に何回か出たのを知って見ていたとの事です。
この時に白衣を着て鉢巻を〆て行ったら直ぐに分かったたと思います。
50年ぶりの再会でした。
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